近藤正臣主演『斬り抜ける』(1974~1975)

 この、今となっては誰も知らないような地味なテレビ時代劇を発見したのは、名優・故岸田森の出演作品を調べていたときであった。主演近藤正臣、共演者も岸田森以外に和泉雅子、火野正平、志垣太郎、佐藤慶、菅貫太郎と、それなりに豪華だったので、TSUTAYAでDVDを借りて観てみたのだが、色々な意味で面白い作品であった。藩主(菅貫太郎)が病的な女好きで、家臣の妻(和泉雅子)を側女にしようと策謀して上意討ちを命じ、事情を知らないまま命令通りに親友を斬った侍(近藤正臣)が事の真相を知って、藩主のもとに連れ去られようとしている親友の妻を救出し、その息子ともども逃避行をするという話である。激怒した藩主は、真相を隠したまま二人に「不義者」という汚名を着せ、上意討ちされた家臣の父親と弟(佐藤慶と岸田森)を追っ手として差し向ける。同時に同じ松平姓の各藩主に回状を回して、江戸へ出て藩主の無法を幕府に訴えようとする二人を追い詰めようとするのであった……。

 「時代劇にリアリティを」という志のもと制作された作品らしいが、「不義者の汚名を着せられ、逃亡する男女が徐々に互いへの愛を自覚してゆく」ようなかったるい作品に単純明快な(場合によっては物語の途中に中座して戻ってきてもわかる)筋書を好むテレビ時代劇のファンがついて行くはずもなく、低視聴率に苦しめられたらしい。その上放映途中に系列ネットワークが変更されるという事情もあってか、全二十話の物語の中盤で、大胆な路線変更を試みるのである。やっとのことで江戸に辿り着いた二人の必死の訴えも、幕府内の権力闘争の材料として利用されるにすぎず、その上なんと、和泉雅子(扮するヒロイン)が、岸田森(扮する義弟)に殺されてしまうのだ。和泉雅子といえば、私の幼少の頃の「綺麗なお姉さん女優」の代表的存在だっただけにとても残念で仕方がない(後年極地探検に凝り出した後の……については敢えて××××)。ヒロインの死後、真相を知った佐藤慶(扮する義父)は、息子夫婦の仇として藩主に刃を向けるが敢えなく討ち死に。佐藤慶に連れていかれたヒロインの忘れ形見も殺されたと思った近藤正臣(扮する主人公楢井俊平)は復讐の鬼と化し、菅貫太郎(扮する藩主)と、その後ろに控える江戸幕府に牙を剥く。番組タイトルも『斬り抜ける 俊平ひとり旅』と変更され、毎回藤田まことや小山明子、中村敦夫(ジャンゴよろしく棺桶を牽いて現れる)、中村玉緒、ジュディ・オングといった大物役者をゲストに迎えて、「リアリティを」という当初の志もどこへやら、尾張藩の城代家老暗殺、大阪城の金藏襲撃、身勝手で多情な姫君(将軍の娘)を晒し者に、と好き放題に暴れ回る(そういえば、日本刀は二人ほど斬ると血と脂が付いて切れなくなるので……とか、安物の刀は簡単に折れたり曲がったりしてしまう、という「リアリズム」も途中から無かったことになっている)。

 路線変更後も視聴率は伸び悩んだらしいが、突如反権力闘争に舵を切るあたり、いかにも七十年代の作品である。藩主を斬り殺した所で物語が中途半端に終わってしまう(敵は江戸幕府ではなかったのか?)のも、視聴率だけではない様々な要因があったのかもしれないが、話が急に終わってしまう七十年代の低予算映画みたいだ。お世辞にも傑作とはいえないが、それでも、個々の役者は充分に持ち味を発揮している。主演の近藤正臣の少々大仰な演技(吉右衛門『鬼平』の初回の敵役の浪人もそうだが、この人は人間的な弱さを抱えた剣客みたいな役がよく似合う)も楽しいし、火野正平のお調子者役、佐藤慶の、一徹で家のためなら冷酷にもなれる剣客役なども良い感じであるが、やはり出色なのは岸田森である。妾腹の次男として生れ、つねに日陰者扱いされる(長兄の祝言の席にも呼ばれない)ルサンチマンを抱え、そのために陰湿冷酷で偏執狂的な、「日の当る場所」に出るためには手段を選ばない人物になってしまったという役柄を怪演している。中でも、自分が家督相続人となるため、義姉ばかりでなく父まで手にかけたのに、その望みが絶たれたときの表情など、実に素晴らしい。数少ない主演作の一つである『血を吸う眼』の和製ドラキュラ役を観ても、今さらながら早世が惜しまれる。