今でも新たなファンが生れ続けているところを見ても、やはりビートルズというのは特別な存在だ。私もご多聞に漏れず、洋楽を聴き始めたきっかけはビートルズである。モータウンの「Please Mr.Postman」や「You’ve Really Got a Hold on Me」を最初に聴いたのは『With the Beatles』のカヴァー・バージョンだったし、Ben E.Kingの「Stand by Me」も、オリジナルより先にジョン・レノンの『Rock’n’Roll』に収録されているカヴァーを聴いていた(『Rock’n’Roll』はジョンが子どもの頃から聴いていた曲のカヴァー集で、「Stand by Me」以外にもいい曲がたくさん収録されている)。ただ、ビートルズに関しては今さら私などが贅言を費やす必要もないほど語り尽くされている。したがって「ロックの黄金時代の伝道師」(?)として、今回はジョン・レノンの『John Lennon/Plastic Ono Band』を採りあげよう。
このアルバムをはじめて聴いたときの衝撃は今でも忘れない。アルバム最後の曲「My Mummy’s Dead」が再生された後、しばらく呆然としてしまったほどだった。ビートルズ後のジョン・レノンの代表作といえばまず『Imagine』(1971年)を思い浮かべる向きも多いだろうし、たしかにアルバム・タイトル曲「Imagine」や叙情性溢れる「Jealous Guy」などの名曲も収録されている良いアルバムだと思うが、このアルバム『John Lennon/Plastic Ono Band』に見られる透徹した自己意識や研ぎ澄まされた感覚と比較すると、一段も二段も落ちると思う。
連打される重々しい鐘の音で始まるオープニング・ナンバー「Mother」で始まるこのアルバムは、始めから終わりまでジョン・レノンという希有の個性の、内面の表白である。2曲目以降、「Hold On」「I Found Out」「Working Class Hero」「Isolation」「Remember」「Love」「Well,Well,Well」「Look at Me」「God」と、すべて1語~3語のシンプルな名前の曲が並び、これまた無駄をすべて削ぎ落としたような簡潔なアレンジによる演奏が続いてゆく。歌詞の内容も、自己の両親への思い、自分とその周囲の人間との関わり、(おそらく子どもの頃だけでなく)ビートルズ時代にも経験し実感しただろう孤独、それらの経験から得られた認識と、あくまでも個人的な思いを詠ったものが連ねられている。そのような曲に付き合ってゆくうちに、聴いているこちらもだんだんジョンに寄りそっているような感覚になってゆくのだが、これは単に歌詞の内容とか、アレンジの単純さによって与えられる印象ではない。このアルバムでのジョンの声は、彼の他のどのアルバムと聴き比べても、何の外連味も技巧を弄することもない、「素」そのものの声のように聞こえる。数々の傑作、名曲を生み出したスーパー・バンドのリーダー格だったスターでもなく、平和運動のピニオン・リーダーでもない、「そこにいる男」が愚直に自己の思いを語りつづけているかのようだ。そのため、聴いている側も彼の思いに共感するのであろう。
最後から2曲目「God」で、彼はすべての偶像を否定し、自己(とヨーコとの愛)に立脚して生きる覚悟を宣言するのだが、この曲から感じられる一種の爽やかさと一抹の悲哀は、アルバム中の白眉であろう。そして、最後の「My Mummy’s Dead」。おそらくラジカセか何かの内蔵マイクで録音したと思われる割れた音の短い曲で、すべての思いが過去に引き戻される。
個人の内面を徹底して語ることによって普遍に到る。私にとって永遠の傑作のひとつである。