Roy Orbison 『Black & White Night』(1987年)

 ロイ・オービソンは1960年代前半のアメリカを代表するヒットシンガーだった。カントリー音楽を基盤としたロックンロールとバラードで数々のヒット曲を生み出した。彼ののびやかでロマンティックな歌声は、軽快なロックンロールや美しいバラードにとてもよく合っていた。かのブルース・スプリングスティーンが「ロイ・オービソンのように歌えたら……」といっていたほどの歌い手でもあった。

 いつのことだったか、口の大きい女(名前は忘れた)と鼻の大きい男(これも名前は忘れた)が主演した『プリティ・ウーマン』とかいう足長おじさんものの映画があって、その主題歌としてロイの「Oh,Pretty Woman」がリバイバル・ヒットしていた。そのせいだと思うが、日本ではこの曲ばかりが有名で、それ以外の曲がほとんど知られていないように思う。

 「Only the Lonely」や「In Dreams」の甘い切なさ、「Dream Baby」の洒脱、「Uptown」「Candy Man」の軽妙、そして「Running Scared」や「The Comedians」の高揚感、ポピュラー音楽好きなら聴いて損はないと思う。
 そんなロイも60年代半ばからはヒット曲に恵まれなくなる。プライベートでの不幸も重なって、地道な活動は続けていたものの、表舞台からは遠ざかってゆく。

 60年代半ばのアメリカと言えば、ベトナムに大規模な軍事介入を行ない、国内では公民権運動が盛り上がる、激動の時代を迎えたころである。そのような時代に、ロイのような歌手が不遇になっていったというのはなんだか象徴的な気がする。40~50年代のアメリカの、いわゆる「オールディーズ」音楽の系譜に直接つながるロイの歌は、過去の幻と化しつつあった「古き良きアメリカ」の残照であったのかもしれない。

 『Black & White Night』は私が初めてロイの歌を聴いたライブ盤である。1987年に行なわれたこのライブは、ジェームズ・バートンをはじめとする、かつてエルヴィス・プレスリーのバックバンドだったミュージシャンを随え、ブルース・スプリングスティーン、エルヴィス・コステロ、トム・ウェイツ、ジャクソン・ブラウン、J.D.サウザー、ボニー・レイット、ジェニファー・ウォーンズといった当時を代表する錚々たるメンバーが参加した。当時、20代後半でまだ大学をウロウロしていた私は、深夜のテレビでこのライブの一部が放映されたのを観て、さっそく無い金はたいてレーザーディスクを買いに走ったものだ(当時はまだDVDどころか、アナログレコードがようやくCDに置き換わりつつあったころである。今では時代遅れの規格となってしまったレーザーディスクもまだパイオニアが力を込めて宣伝していた。私がテレビで見た映像も、そのための宣伝番組であった)。
 このライブでのロイは、実に自信に溢れ、楽しそうに昔通りの美声を聴かせてくれている。そして何より特筆すべきは、ブルース・スプリングスティーンの姿だ。集まった面々はみなロイを敬愛する人々だが、中でも彼は憧れの人と共演する喜びを全身で表現しながら、しかし決して出しゃばりすぎることなくプレイしている。本当に嬉しそうだ。当時のスプリングスティーンは、アメリカNo.1のロックシンガーだったのだから、何かこちらまで感動してしまう。(そういえばデヴィッド・リンチも『ブルー・ベルベット』や『マルホランド・ドライヴ』でロイの歌を使っていた。こういうところを見ても、ロイの歌がどれほど愛されていたかがわかるだろう。)
 ロイはこのライブの翌年、52歳で永眠する。早すぎるねぇ。通称「ビッグ・オー」と呼ばれた一代の歌手の魅力の詰まったこのライブ、現在では輸入盤のDVDあるいはCDで入手可能らしい。未見(未聴)の方は是非一度。

 因みに、このライブでコーラス・アレンジを担当し、自身もコーラスで参加しているJ.D.サウザーには、「You’re Only Lonely」という日本でも大ヒットした曲があって、これがロイの「Only the Lonely」を思い切り意識したメロディとアレンジとなっている。それがタイトル・チューンとなっているアルバム『You’re Only Lonely』もオススメ。中でも「White Rhythm and Blues」は美しい名曲だ。リンダ・ロンシュタットもカバーしている(そういえば彼女はロイの「Blue Bayou」も唱っていたな)。