もう一人の「ビッグ・オー」の話をしよう。ブラック・ミュージック史上に輝く天才ヴォーカリストにして、僅か数年の活動であったにもかかわらず、「Mr.Pitiful」と綽名された哀しげな声で多数の音楽ファンの心を掴み、後世にも絶大な影響を与えた男、オーティス・レディングだ。ローリング・ストーンズも初期から彼の歌をカヴァーし、黒人の歌がヒット・チャート(総合チャート)の上位を賑わすという、今日では当り前となった現象のきっかけの一つ、アレサ・フランクリンの「Respect」も彼の曲のカヴァーである(同時期の、黒人音楽の隆盛を象徴するアーサー・コンレイのヒット曲「Sweet Soul Music」もオーティスとアーサーの合作)。そして、日本においても、RCサクセションに同名の「Sweet Soul Music」という名曲(これも物凄くカッコいい曲である)があるように、かの忌野清志郎や、日本の誇るソウル姐ちゃん和田アキ子の永遠のアイドルだった。デビューは1960年らしいが、実質的には1962年の「These Arms of Mine」のヒットからが彼の本格的な活動期間である。決して器用ではなく、むしろ無骨な印象を与えるが、この上ない説得性を帯びた彼の歌唱の特徴は、この曲ですでに十分発揮されている。
『Live in Europe』はオーティスのキャリア初のライヴ・アルバムだが、最強のバック・バンド(Booker T.& the MG’sとMemphis Horns)を従えたオーティスの歌が堪能できる珠玉の一枚である。収録曲は
1. Respect
2. Can’t Turn You Loose
3. I’ve Benn Loving You Too Long
4. My Girl (ご存知テンプテーションズのカヴァー)
5. Shake (お馴染みサム・クックのカヴァー)
6. (I Can’t Get No) Satisfaction (言うまでもなくストーンズのカヴァー)
7. Fa-Fa-Fa-Fa-Fa (Sad Song)
8. These Arms of Mine
9. Day Tripper (もちろんビートルズのカヴァー)
10.Try a Little Tenderness (古いラヴ・ソングのカヴァー。1932年が最初の録音らしい)
と、半分がカヴァー曲である。残りの半分がオーティスのオリジナル曲で、どれも彼の代表曲。それらの曲の、このメンバーによるライヴ演奏を聴けるだけで充分聞く価値があろうというものだが、それよりも凄いのはカヴァー曲のほうである。「My Girl」の余裕たっぷりな歌い方も「Shake」での盛り上がりも素晴らしい。中でも出色なのは「(I Can’t Get No) Satisffaction」と「Try a Little Tenderness」の2曲だ。
ストーンズの「(I Can’t Get No)Satisfaction」は、フーの「My Generation」と並んでロックの時代の到来を告げる名曲であることに間違いはないが、ストーンズのオリジナル・バージョン、音楽的には正直なところ単調で催眠的である。オーティスはそれを、アップ・テンポのジャンプ・ナンバーに仕立て上げて曲の面目を一新している。特に曲の後半に至ると、まるで機関車が轟音を上げて走っているような、息をも吐かせぬ疾走感と重量感に溢れた演奏と歌唱である。後年ストーンズがライヴでこの曲を演奏する時のアレンジは、おそらくこのオーティスのアレンジを参考にしていると思われる。
そして「Try a Little Tenderness」。アルバムの最後を飾るこの曲は、心に迫る哀感とドラマティックな展開が聴きモノで、おそらく彼のキャリアの中でも最高の部類に入る歌唱である。高校生の頃にはじめて聴いた時には、背筋に電流が走るような気がしたものだ。因みに、かつてRCサクセションがライヴの最後によく演奏していた「指輪をはめたい」という曲(この曲も私は大好きだ)は、アレンジ、ステージ上の演出も含めて明らかにこの「Try a Little Tenderness」を意識していた。
オーティスは1967年12月、乗っていた飛行機が墜落するという事故によって弱冠26歳でこの世を去る。その少し前に喉の手術をして声の質が変わったのか、晩年(!)の録音は以前と唱法が少々変わっている(哀しげなのは相変わらずだが)。その時期に録音された「(Sittin’ on) The Dock of the Bay」が死後にシングル盤として発売され、彼にとって初の、そして唯一のNo.1ヒットとなるわけだが、もし事故に遭わなかったら、唱法を変えた彼がその後どんな歌を歌っていたのか。まあ、突然の死が彼を伝説にしたことも事実であろうから、言っても詮ないことではあるが。
オーティス・レディングは不世出の天才歌手であった。もし彼の歌も知らずにブラック・ミュージックのファンを名乗る奴がいたら、そいつはモグリである。